卒業生とその進路

自律歩行ロボットの制御を行う生物規範型歩行生成機構の集積回路化に関する研究


中田 一紀

2004 年度 卒 /博士(工学)

博士論文の概要

本研究は、センサエージェントへの応用を目的とした、自律移動ロボットの制御を行う生物規範型歩行生成/制御機構の集積回路化に関するものである。

センサエージェントとは、センサをその構成要素(エージェント)として自律分散的にセンシングを行うマルチエージェントシステムである。センサエージェントにおいて。エージェントはセンサによって獲得した環境情報を用いて、自律的に行動あるいは情報処理を行う。また、ネットワークを介して複数のエージェントと協調し、環境の認識や理解、構造化を行う。センサエージェントは、被災地などの極限状況下におけるセンシングに関連して今後重要となる技術のひとつであり、 その実現にはセンサ、移動機構および通信機構など各要素技術の集積化が不可欠である。

本研究では、センサエージェントに必要となる自律移動機構として生物規範型歩行生成/制御機構の集積回路化による実装について検討を行った。センサエージェントは未知環境下でのセンシングを目的としているため、その移動制御は予測不可能な環境の変動に対して実時間で自律的かつ適応的に行わなければならない。これは、従来の制御手法では実現することが難しい課題のひとつである。そこで、本研究では生物規範型歩行生成/制御機構に着目した。

生物の歩行や走行、遊泳、飛翔などの移動運動は、Central Pattern Generator(CPG)とよばれる中枢神経系が生成する周期運動を基本として行われる。このCPGによって生成される周期運動はセンサフィードバックを介して身体系や環境と力学的相互作用し、その結果として自律的かつ適応的に歩行運動が生成される(Global Entrainment)。つまり、生物は神経系、身体系および環境の間の相互作用を最適化することによって、未知の環境において自律適応的な歩行運動を実現している。このGlobal Entrainmentの概念にもとづいてロボットの歩行制御を行う手法が生物規範型歩行生成/制御手法である。

これまでの先行研究において、生物規範型歩行生成/制御手法に関する研究は、理論と応用の両面から進展してきた。それらの研究によって、次の利点が示唆されている:

(1)CPGが生成する周期運動は制御対象である物理系(身体系)の協調を図り、制御変数の実効的な自由度を低減する。

(2)(1)の結果、単位時間当りの計算量が削減される。

(3)センサフィードバックを介して、外乱や環境の変動に対する高い自律適応性が実現される。

本論文では、以上の利点に着目して、生物規範型歩行生成/制御機構のアナログ集積回路化による実装について検討した。従来の実装手法は、汎用マイクロプロセッサ上にソフトウェアとして組み込むものが主流であった。この手法は、正確な動作や制御性に優れているが、逐次的に処理を行う必要があるため、制御対象の自由度が高くなるにつれて計算負荷が大きくなるという問題がある。また、プロセッサの消費電力や占有面積も大きい。これらは、小型化かつ低電力動作が要求されるセンサエージェントの実現において問題となる。

そこで本研究では、アナログ回路の非線性を利用してCPGの機能を効率良く実現することを考えた。 CPGのモデルを連立常微分方程式(状態方程式)により記述し、モデルの状態変数を物理量(電圧および電流)に対応させることによりアナログ集積回路化を行った。状態変数の表現および相互作用の方式について回路構成を検討し、(i)電圧表現 -電流相互作用型回路、(ii)電圧表現-電圧相互作用型回路および(iii)電流表現-電流相互作用型回路を提案した。

CPGのアナログ集積回路化において(1)素子特性変動および電流源精度が回路動作に与える影響や(2)回路の発振周波数および振幅の動作域の制限が問題となる。本研究では、CPG回路の制御対象としてロボットの関節機構を想定したフィードバック制御系を構成し、センサフィードバックを効果的に利用することにより、それらの問題点が改善できることを示した。

以上により、本研究ではCPGの機能を実現するアナログ集積回路の設計方針およびそれを組み込んだ制御系の構成方法を確立し、その有用性を示すとともに、センサエージェントの自律移動機構の実装に向けての見通しを得た。