卒業生とその進路

量子ドット集積体と反応拡散ダイナミクスを組み合わせた機能デバイスの研究


大矢 剛嗣

2005 年度 卒 /博士(工学)
平成16年度〜平成17年度 日本学術振興会特別研究員

博士論文の概要

本論文は、自然界(特に生体内)で行われている情報処理の手法を取り入れた機能デバイスの検討として、化学反応系である反応拡散系の挙動を量子ドット集積体上に実現することによる新しい機能デバイスの開拓を目指すものである。

近年、各種のコンピュータシステムに用いられている逐次処理型のCMOS情報処理デバイスは、それを構成する素子の一つ一つが非常に微細なものとなっており、プロセス的な限界が近いと言われている。また、素子が微細になることによって量子効果等に起因するエラーが無視できなくなると予想される。今日、この問題を解決するために回路やプロセスの手法などで各種の研究がなされている。一方で、既存デバイスでは問題になる量子効果を積極的に用いる次世代情報処理デバイス(例えば、量子ドットデバイスなどのナノデバイス)の研究が発展してきており、今日までに各種の応用が提案され実用化に向けて研究されている。量子ドットデバイスを用いて構成される集積回路として、代表的なものに単電子回路がある。単電子回路は量子効果であるクーロンブロッケイド効果を巧みに利用することにより電子を一個単位で操作するものである。本質的に離散動作であるためしきい値判定デバイスとして利用できる。また量子ドットデバイスは量子ドットが集積配列されている構造のため、ドット一つに情報処理能力を持たせ単位回路とすることができれば、それを集積配列することで並列処理デバイスを構成することが比較的容易となる。したがって、逐次処理型デバイスに替わる並列処理型 情報処理デバイスの開発が期待できる。本論文では、新しい情報処理デバイスのための回路アーキテクチャとして化学反応系の「反応拡散系」に着目し、その挙動を模擬する量子ドットデバイスの構成法と応用について提案する。

反応拡散系は自然・化学反応における反応拡散現象を表す系であり、実時間で情報処理を行なう並列システムの一種である。本研究では反応拡散系を模擬したデバイスを開発し、反応拡散系の持つパターン生成能力, 並列性を電子デバイスとして実行する集積回路を構築する。さらに反応拡散系に見られる波動の伝搬を利用して、逐次処理型のデバイスでは負荷がかかり処理が難しい迷路の経路探索やある平面の領域分割を行うデバイスへの応用について検討する。さらに提案する構造を基に構成できる別の情報処理デバイスについても提案する。

反応拡散系では非線形の化学振動子が集合し、相互作用を及ぼしていると考えられる。その反応拡散系をハードウェア化するためには、多数の非線形振動子を集積配列し、それらがお互いに影響を及ぼし合うような回路構成が必要となる。これを既存のCMOS集積回路で実現する場合、単位要素である振動子回路一つあたりの占有面積が大きくなるので、多数の素子を集積配列することが困難となる。そこで、量子ドット集積体を導入することによる反応拡散デバイスの実現可能性を探る。

量子ドット集積体上に反応拡散系を構成するには、デバイスの構造――量子ドットの集積配列――をそのまま利用することを考える。つまり、量子ドット一つ一つが振動子になれば、それを相互作用させるだけで反応拡散デバイスが構成できる。本論文で提案する構成は、量子ドットと基板の間にトンネル接合をつくり、各振動子のドット間を結合容量で結び、ドットとバイアス電圧源の間に高抵抗(もしくは多重トンネル接合か電流源)を入れた結合振動子である。さらに、この単電子反応拡散システムのコンピュータシミュレーションを行いその挙動を調べる。また、反応拡散システムの応用として波動情報処理――波動の性質を用いた情報処理の手法――の導入、ニューラルネットワークの導入、論理デバイスへの展開についてもそれぞれ検討を行った。

以上をまとめる。本論文は,反応拡散系の挙動を量子ドット集積体上に組み込んだ、新しい機能デバイスに関するものである。このデバイスを実現するために、反応拡散系のモデルに基づき振動子回路を多数集積配列しそれらを相互作用させる構造を提案した。このデバイスの実現可能性、有用性、応用への展望を示すため、シミュレーションによる動作確認を行った。各シミュレーション結果から、この反応拡散デバイスは化学系の反応拡散系に現れるものと同様の挙動を示すことがわかり、さらに各種応用への展望も明らかになった。