ディジタル反応拡散LSIの設計と計算幾何学への応用
松原 裕
2003 年度 卒 /学士(工学)
卒業研究の概要
近年の半導体集積技術の飛躍的な進歩により、いまやLSIは汎用計算機の代名詞となり、その名に相応しい数々の功績を残してきた。その一方で、いわゆる通常のノイマン型計算機とは全く異なる仕組みを持つ「新概念コンピューティング」に関する研究も進んできている。例えば近年、自然現象や生物機能に関わる化学反応系(反応拡散系)を模倣した情報処理方式が注目を集めており、Belousov-Zhabotinsky (BZ) 反応を用いた画像処理, 最適経路探索, 化学ダイオードに基づく論理演算と順序回路, ロボットの運動制御方式, などの斬新なアイデアが提案されている。これらの情報処理方式(反応拡散コンピューティングと呼ばれる)は、化学媒体を伝搬する密度波の伝搬特性を利用したものであり、その演算は本質的に並列, 故に高速である。ところが現状では、密度波の伝搬速度(=演算速度)の制限やポータビリティ等の問題により、既存のマイクロプロセッサに匹敵するような有用性を発揮することができず、残念ながら実用化には至っていない。この問題を打開するために、化学波の伝搬を高速にエミュレートし、かつポータビリティのある基本デバイス「反応拡散チップ」が提唱され、反応拡散コンピューティングの実応用の可能性が探られてきた。
反応拡散チップは、チップ自体が化学反応と拡散の媒体を直接模擬するような構成を持つ。あたかも物質の密度波が化学媒体上を伝搬するように、電位の波がチップ表面を伝搬する。現状では、アナログおよびディジタル(またはアナログ・ディジタル混載)反応拡散チップが試作段階にある。アナログ反応拡散チップは、化学反応ダイナミクスを模するアナログ回路(セル)を格子状に敷き詰め、それらの間を拡散デバイス(抵抗体)で相互結合したものである。回路の工夫次第で、セルを高密度に集積することが可能であるが、反応の非線形性や時間軸の制御に難がある。ディジタル反応拡散チップは、多値セルオートマトンを集積回路化したものである。セルの高密度集積は望めないが制御性は良く、実アプリケーションの面で優れている。
本研究では、BZ反応を利用した反応拡散コンピューティングに特化した簡易セルオートマトンモデルを採用し、セル回路の簡略化(集積度の向上), および実アプリケーション(ボロノイ図と細線化)の試みを行う。このセルオートマトンモデルは、BZ反応を忠実に模するものではなく、あくまでも質的な振る舞いのみを模するものであるが、先に述べたような反応拡散コンピューティングには十分適用可能である。また、このセルオートマトンを実際に集積回路化するための準備として、標準的なCMOSプロセスを想定してセル回路を設計する。また、セル回路をさらに小型化して集積度を上げるために、セルの一部(周辺セルの状態を検出する部分)にアナログ回路を導入する。以上から、1チップに搭載可能なセル数を見積もり、回路シミュレーションによりそのパフォーマンスを評価する。