空間ばらつきを含む多層ニューラルネットワークモデルにおける確率共鳴の理論解析
佐橋 透
2009 年度 卒 /修士(工学)
修士論文の概要
本論文は、確率共鳴を利用して微弱光や暗画像を検出するイメージセンサに向けた生物的アーキテクチャおよびその理論解析に関するものである。
これまで、微弱光を検出するためにさまざまなデバイスが開発されてきた。その一例として、イメージインテンシファイア(Image Intensifier)やアバランシェフォトダイオード(Avalanche Photodiode)などがあるが、これらは非常に高価であるという問題があった。高感度なデバイスを用いることなく、一般的なデバイス(例えばCMOSイメージセンサ)を用いて微弱光の検出ができれば、暗画像撮像デバイスの低コスト化が望める。しかし、CMOSイメージセンサを用いて微弱光の検出を行おうとすれば、環境雑音やフォトセンサの暗電流ばらつきによって暗画像の撮像が妨げられてしまう。そこでこの問題を解決するために、雑音やばらつきに耐性があるとされる生物の視覚系における情報処理に着目した。生物は雑音を利用して微弱な刺激を感知していることが知られている。この現象は確率共鳴と呼ばれ、生物のみならず、さまざまな物理系においても見られる。確率共鳴を利用して微弱光を検出するCMOSイメージセンサが実現できれば、暗画像の撮像がより容易になる。しかし、確率共鳴により一つの画素における微弱光の検出ができても、画素をアレイ状に並べた場合(通常のイメージセンサの構造をとった場合)は、センサ間の特性ばらつきも確率共鳴により検出されてしまう問題がある。
特性ばらつきによる問題を解決するために、生物の視覚系の構造を模倣したニューラルネットワークモデルを提案した。このモデルは個々の画素が近傍の画素と互いに結合し、この近傍結合によって干渉し合う構造を持つ。提案したモデルがばらつきに対して有効であるか検証するため、モデルのパラメータ(雑音強度、近傍結合の範囲)を変化させてシミュレーションを行った。その結果、最適な雑音強度と近傍結合の範囲(受容野サイズ)を用いることによって、信号を完全に再現できることが確認できた。従って、この提案モデルをイメージセンサに実装することで、ばらつきに耐性のある微弱光検出センサの実現が期待できる。しかし、このモデルには最適な結果を得るための受容野サイズが存在し、それと他のパラメータ(入力信号強度、ばらつきの大きさ)との間の関係が解明されておらず、設計の指針が立てられない問題があった。そこで、モデルをハードウェア化する際の指針を得るためにモデルの理論解析を行った。その結果、最適な受容野サイズはばらつきの大きさに比例し、信号強度に反比例することが分かった。従って、特性ばらつきが大きい場合は、受容野を広げる必要があること、 および入力の振幅が大きい場合は、受容野サイズは小さくて済むことがわかった。
さらに、後段の処理回路(しきい素子)にばらつきが存在する場合のシミュレーションを行った。上述のシミュレーションおよび理論解析では、画素の受光部分(フォトセンサ)にのみ特性ばらつきがあると仮定して行った。しかし実際のデバイスでは、フォトセンサのみにばらつきがあり、しきい素子の特性は均一であるとは考えられない。そこで、近傍結合によって画素が結合し合うモデル(提案モデル)のシミュレーションを行った。その結果、大きな画質の劣化は見られず、提案モデルの出力画像はオリジナルの信号をよく再現することが分かった。